AI書房
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金京鎮弁護士のAI・法律・産業・歴史・政治・文化をテーマにしたオンライン書籍を収録しています。各書きは目次・序文・章・エピローグで構成され、連続読書が可能です。
[AI書房] 第16章 最初の総裁選への挑戦 — 安倍の軍師
ガラスの天井を越えて
第5部 総裁を目指した三度の挑戦
第16章 最初の総裁選への挑戦 — 安倍の軍師
金京鎮
2021年8月初旬。東京のあるホテルの小さな会議室。
安倍晋三は、自民党の知人議員たちと静かに会っていました。2020年8月に健康上の理由で首相を辞任してから、1年が経とうとしていた頃でした。潰瘍性大腸炎。二度目の首相任期を途中で終えなければなりませんでした。しかし、安倍は休んではいませんでした。国会議員の職はそのままでした。自民党最大派閥である清和政策研究会、いわゆる安倍派の影響力も健在でした。
会議室で彼が語る話の中心には、一つの名前がありました。
高市早苗。
「今回の総裁選、高市さんを推すべきです。」
すぐに同意する人は多くありませんでした。高市の党内基盤は十分ではありませんでした。しかし、安倍は自身の判断を押し通しました。
2021年8月。日本の政治の空気が変わりました。
菅義偉首相の支持率が底を打ちました。東京オリンピックがコロナ禍の中で開催されました。医療システムが限界に追い込まれました。国民の不満が内閣に向けられました。自民党内で菅首相を交代させるべきだという声が強まりました。
その渦中で、高市早苗は決断を下しました。総裁選に出馬します。
2021年8月、『週刊文春』に論文を寄稿しました。公的な出馬意向の表明でした。9月3日、菅首相が不出馬を宣言しました。総裁選の構図が完全に開かれました。9月8日、高市が正式に出馬を表明しました。スローガンは「日本をもう一度、世界の頂点へ。」
問題がありました。推薦人です。自民党総裁選に出馬するには、20人の議員推薦人が必要です。高市の最初の打診に、快く名前を貸すと答える議員は多くありませんでした。小泉進次郎は河野太郎を支持すると宣言しました。岸田文雄も出馬を表明していました。
その時、電話がかかってきました。安倍晋三からでした。
安倍の電話は単なる慰めではありませんでした。彼は宣言をしました。
「私が支援します。」
その言葉の重みは、数字で説明されます。安倍派は当時、自民党最大派閥でした。議員100名前後がこの派閥に属していました。派閥全体が動けば、票の流れが変わります。
安倍の関与は電話一本では終わりませんでした。彼は国会内の自身の事務所に座り、自ら受話器を取りました。一人一人、自民党議員に電話をかけました。若手議員には集中的に高市支持を要請しました。「今回は高市さんです」という言葉を繰り返したと、西日本新聞は当時の状況を伝えています。
安倍の関与は政治的戦略にとどまりませんでした。細部にまで及びました。高市の服装やメイクにも助言をしました。メディアの前に立つ際、どのようなイメージを与えるか。女性候補に対して有権者がどのような印象を抱くか。この助言が「軍師」という表現でメディアに登場しました。安倍が高市の軍師として総裁選を陣頭指揮したというものでした。
安倍はなぜ高市を選んだのでしょうか。
一つは理念的継承でした。高市はアベノミクスの直接的な継承者を自任しました。経済拡張政策、強い国防、憲法改正。安倍が推進してきた路線を引き継ぐという候補者でした。
もう一つは、河野太郎を阻止することでした。河野は脱原発や気候政策など、多くの政策で安倍路線と衝突していました。党員世論では河野がリードしていました。その流れを止めるには、強力な保守候補が必要でした。
高市がその二つの条件を満たしていました。安倍の計算でした。
総裁選の構図は4つどもえの戦いでした。岸田文雄、河野太郎、高市早苗、野田聖子。
高市の公約は明確でした。経済では大胆な金融緩和と積極財政を継続すると述べました。アベノミクスの基調をそのまま引き継ぐというものでした。外交・安保では防衛力の強化、憲法改正、そして靖国神社参拝を首相になっても継続すると公言しました。
この発言が波紋を広げました。首相の靖国参拝は、韓国や中国が強く反発する行動でした。総裁候補の段階でこれを公然と宣言するということは、外交的な緊張を意識しないということでした。
選択的夫婦別氏制度には反対しました。非核三原則の見直しの可能性も示唆しました。保守理念において最も鮮明な候補でした。
その鮮明さが強みであり、同時に弱点でもありました。保守層の議員を集めましたが、中道や穏健保守の議員たちは距離を置きました。
安倍の支援が効力を発揮しました。推薦人の確保が可能になりました。勢いがつきました。
2021年9月29日。投票が行われました。
開票結果が発表されました。1回目投票。岸田256票。河野255票。高市188票。野田63票。過半数獲得者はなし。決選投票へと持ち越されました。決選には1位と2位のみが進みます。岸田と河野でした。
高市は議員票で114票を獲得し、2位でした。岸田の141票に次ぐものでした。しかし、党員・党友票で74票にとどまり、合計すると河野の169票に及ばず3位。決選進出を逃しました。
党員たちの心を十分に掴めませんでした。議員たちには通用しましたが、全国の党員たちには届きませんでした。この弱点が、その後の彼女の最大の課題となります。
決選投票で、岸田が河野を257票対170票で破りました。安倍が望んでいた結果の一つは果たされました。河野を阻止すること。しかし、高市を当選させることはできませんでした。決選で安倍系議員の票は岸田に流れました。河野を阻止するための戦略的選択でした。
岸田文雄が第27代自民党総裁に就任しました。
敗北後、高市は支持議員たちの前に立ちました。
「結果を重く受け止めています。党員票が足りなかったのは、私の不徳の致すところです。」
そして、続く言葉。
「私は歩みを止めません。」
敗北を認めつつも、退場はしないという宣言でした。
1回目投票で獲得した188票。自民党総裁選の歴史において、女性候補の最多得票記録でした。保守勢力が結集すればこれほどの票を作れるということを示しました。基盤がありました。次の機会を待つことができました。
この選挙で高市が得たものを、もう一度考えてみましょう。
票数では岸田に敗れました。しかし、保守理念を鮮明に掲げた候補が188票を集められることを証明しました。安倍という強力な後援者の名前が党内ネットワークをどのように動かすかを学びました。全国の党員にもっと歩み寄らなければならないという宿題を課されました。
安倍との関係も、この選挙を経て定義されました。師匠と弟子。あるいは同志。あるいは共生。安倍にとって高市は、自身の路線を引き継ぐ後継者でした。高市にとって安倍は、政治的な可能性を切り拓いてくれた保護者でした。その関係は相互依存でした。
しかし、その関係は長くは続きませんでした。2022年7月8日、安倍がこの世を去りました。奈良県のある駅前で、遊説中に。
高市の選挙区は奈良県でした。安倍が亡くなったその奈良で、高市もその日、選挙遊説中でした。知らせが届いたとき、彼女がどのような状態であったかは記録されていません。
その後、彼女は経済安全保障担当大臣の職務を続けました。安倍抜きで。安倍と共に分かち合った政治的ビジョンを一人で引き継ぐ形で。歩みを止めないと言いました。その言葉の重みが変わりました。
2021年総裁選の文脈で、もう一つ記憶しておくべきことがあります。この選挙が日本における女性政治家の立ち位置をどのように浮き彫りにしたかという点です。
高市早苗と野田聖子、二人の女性が同時に総裁選に出馬しました。自民党の歴史で初めてのことでした。一つの選挙に二人の女性候補が同時に立つ場面が、2021年に初めて作られました。
しかし、二人の女性候補は全く異なる理念を代表していました。高市は強硬保守。靖国参拝の固守、夫婦別姓への反対、核抑止力の強化。野田は社会的多様性の重視、選択的夫婦別姓への賛成、穏健保守。二人が同じ性別であるという事実は、共通点のすべてでした。
この二人の候補の存在は、日本政治において「女性政治家」というカテゴリーがいかに単純化されたものであるかを示しました。女性だからといって同じ政策を追求するわけではありません。女性だからといって女性に優しい政策を支持するわけでもありません。高市はそれを身をもって証明する存在でした。
その独特な立ち位置が、彼女をめぐる論争の中心でもありました。保守陣営からは、日本初の女性首相候補という期待が寄せられました。リベラル陣営からは、女性の権利を拡大しない女性政治家という矛盾を指摘されました。どちらの側も、彼女を単純に規定することはできませんでした。
高市自身は、この論争をさほど気にかけていないようでした。性別ではなく政策で評価されたいという言葉を繰り返しました。女性だから女性政策を推進すべきだという考えには同意しませんでした。保守理念の中で女性もリーダーになれるということを示すだけで十分だと言いました。
それが限界なのか、それとも新しい種類の突破口なのか。判断は読者に委ねられています。
参考文献
- 2021年自由民主党総裁選挙 Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/2021%E5%B9%B4%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E7%B7%8F%E8%A3%81%E9%81%B8%E6%8C%99 - 西日本新聞 — 安倍の高市支援戦略 (服装ダメ出し): https://www.nishinippon.co.jp/item/n/806330/ - 自由民主党 総裁選2021 公式結果: https://www.jimin.jp/election/results/sousai21/ - 高市早苗 Wikipedia (日本語): https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B8%82%E6%97%A9%E8%8B%97 - 安倍晋三銃撃事件 Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89%E9%8A%83%E6%92%83%E4%BA%8B%E4%BB%B6