AI書房
本でAIを読む
金京鎮弁護士のAI・法律・産業・歴史・政治・文化をテーマにしたオンライン書籍を収録しています。各書きは目次・序文・章・エピローグで構成され、連続読書が可能です。
[AI書房] 第35章 弱者への眼差し
韓東勲の物語
第7部 人間・韓東勲
第35章 弱者への眼差し
金京鎮
「悪人とは何でしょうか?」
あるインタビューで投げかけられたこの問いに対し、韓東勲はためらうことなく答えました。「悪人とは、他者を搾取する者です。」
この簡潔な定義の中に、彼の世界観が凝縮されています。
彼がなぜそれほど執拗に権力型不正を追求し、なぜ「弱者」ではなく「仲間である市民」という表現にこだわったのか、その理由がここにあります。彼にとって悪人とは、単に法を犯す者ではありません。力を持つ者が力を持たない者を利用し、踏みにじること。それが彼が生涯戦い続けてきた敵でした。
彼は「弱者の目線で共同体を見るべきだ」と強調します。
しかし、手がかりは残っています。
「弱者が強者よりも無条件に正しいとは限りません。ただし、格差が深刻化する状況では、社会が弱者をケアする必要があります。」無条件な同情ではなく、公平な出発線を用意すること。それが彼が考える「公共の利益」です。
このような哲学は、国民の党の非常対策委員長時代の行動において、はっきりと現れていました。2024年1月の某日、永登浦の国民の党本部の一角で、小さな昼食会が開かれました。出席者は国会議員でも、党幹部でもありませんでした。本部で働く清掃員、警備員、建物管理員たちでした。過去の保守政党の代表が決して行わなかったことです。
華やかなホテルの弁当ではなく、温かいご飯を分け合いながら、彼は彼らの話を聞きました。
「一生懸命お働きなのに、寒いでしょう。」
彼の言葉に続き、その場で約束がなされました。防寒用のパッドベストの支給、必要な備品の支援です。単なる食事会ではありませんでした。
見えない場所で黙々と働く「仲間市民」たちの尊厳を守り、待遇を改善しようとする実質的な措置でした。ある参加者はこう証言しました。「パッドをくれて、冷蔵庫も交換してくれるそうです。」
お正月の風景も変わりました。旧正月が近づくと、慣例として送られていた党代表名義の高価な贈答品の予算が全額削減されました。
その代わり、そのお金で石炭レンガ7万2千枚が購入されました。そして韓東勲は自ら担ぎを担いで、ソウル市芦原区白沙里の狭い路地を登りました。石炭を運びながら顔に煤がつくことも気に留めませんでした。
民主党の議員が「ショーだ」と批判した際、彼はこう答えました。
「私たちが支えなければなりません」そして黙々とレンガを運んだ。政治家同士の贈答に用いられる国民の血税を、本当に支援を必要とする隣人に返すという彼の決断は、政界の古びた慣習を打ち破る新鮮な衝撃でした。
秋夕には、贈答予算5000万円が、給食を必要とする児童のための弁当支援に充てられました。ハン・ドンフンは自らエプロンを着用し、弁当を包みました。おかずを詰め、包装容器を閉じながら、彼は考えたのでしょう。政治家がなすべきことは壮大な議論の戦いではなく、今日も空腹に苦しむかもしれない子どもの食卓を世話することだと。
彼の視線は常に理不尽な被害者や犠牲となった英雄たちに向けられていました。西海守りの日の行事で出会った、第2延坪海戦で戦死したハン・サングク上級の妻、キム・ハナさん。行事終了後もハン・ドンフンは彼女に継続して励ましのメッセージを送りました。
戦死者の遺族のための童話プロジェクトの宣伝などを通じて、一過性ではない真摯な対話を続けていきました。
「釜山回し事件」の被害者の訴えにも耳を傾けました。
犯罪被害者支援制度を改善し、被害者が裁判記録を閲覧できるように法務部システムを整備したのは、「国は犯罪者ではなく被害者の側に立つべきである」という彼の原則が反映された結果でした。
韓東勲の弱者への眼差しは、施恵的な同情ではありません。それは共同体の一員として当然に享受すべき尊厳と権利を守ろうとする「責任感」です。彼はこう語ります。「力ある者がルールを破り弱者を搾取するのを防ぐこと。それが公務員の義務です。」
弱者のための彼の歩みは続いています。彼が歩く政治の道は、いつも具体的な生活の現場に向かっています。石炭を背負って上る路地、給食を届けた子供たち、清掃員と分けた一食の食事。その小さな行動の中に、彼が描く韓国の姿が込められています。
